噂の真相
みじめなる人々(キャラクター編)Vol.2
Vol.1


!注意!
このコーナーは原作のネタバレのページですので、読みたくない方は今すぐに戻ってくださいね。

目次

バルジャン(その2)・テナルディエマリウス(その2)ジャベールバルジャン(その3)

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ジャン・バルジャン(その2)
コゼットとの仲が元に戻ってすっかり安心していたバルジャンでしたが、バルジャンの家とは知らずに家を襲撃するために下調べに来ていたテナルディエを近所で何度か目撃し、また、政治的動乱も重なって警察が不安になって疑い深くなっていることもあり、今の家に住んでいることに不安を感じ始めていました。さらに、マリウスがコゼットに教えるために壁に書いた住所を偶然見つけ、何のことかはわからないものの、見知らぬ人間が庭に入ってきたことは確実であり、イギリスへ渡ろうという気持ちを強めていた時に、エポニーヌがマリウスをコゼットから引き離すためにバルジャンの目の前に落とした「引っ越せ」というメモを見てさらに不安を強めました。そしてコゼットの反対も聞かずに残るひとつの隠れ家、ロマルメ通りの家へ引っ越します。

あれだけかかえていた不安が、引っ越すと同時に嘘のようになくなり、安心しきったバルジャンの目に、奇妙なものが映りました。台所の食器戸棚の鏡に、「いとしい方、ああ!父はすぐ出発したいと申しますの。ロマルメ通り7番地にいます」という文章が見えたのです。それはコゼットがマリウスに宛てた手紙でしたが、なぜそんなものが食器戸棚の鏡に映ったのでしょうか。実は悲しみにくれたコゼットが、吸い取り紙をその鏡の前に置いて、そのまま片づけるのを忘れていたのです。そして、吸い取り紙で吸った逆さまになった文字が、鏡に映って普通の文章になってバルジャンに見えたのでした。
しばしの幸福に浸っていたバルジャンはものすごいショックを受けました。今までの人生で受けたショックの中でも一番大きなものでした。コゼットに出会うまで誰一人として愛したことのなかったバルジャンは、全身全霊をかけてコゼットを愛していたのです。バルジャンの中にある祖父、息子、兄、夫、すべての要素で作られた不思議な父、その中に母さえも含まれる父親。もうコゼットはバルジャンの人生そのものでした。その愛するコゼットの心が別の男に向いているのだ、自分はただの父親に過ぎないのだと知った、そのショックたるや、大変なものでした。そして、それまでに培ってきた彼の良心は崩れかかっていたのです。
バルジャンは絶望の中ですぐにはっきりと相手が「あの男」だとわかりました。あの公園でうろついていた見知らぬ男、あの恥知らずが自分の娘を奪っていこうとしているのだ、と。あれほど、不幸を愛に変えることに努力をしてきた彼がその時心の中に見たものは、「憎悪」という怪物でした。

絶望したバルジャンは、女中がふと口にした「戦」のことを思い出し、無意識に外に出て家の前でじっと座っていました。数時間経った頃、マリウスに『翌朝渡してくれ』と手紙を頼まれたガブローシュが、早くバリケードに戻りたい一心で夜のうちに届けにきました。既に少し落ち着きを取り戻していたバルジャンが話し掛けると、最初は警戒していたガブローシュも警察の人間ではないと悟り、安心して手紙のことを話します。バルジャンは「その手紙を受け取るためにここにいたのだ」と口からでまかせを言って手紙を受け取り、家に戻って震える手でその手紙を読みました。そして例の男がバリケードで戦っていることを知り、思わず内心の喜びの叫びをあげました。「自分が何の手を下さなくとも、この男は勝手に死ぬのだ。今は死んでいなくとも、どうせそのうち死んでしまう。成り行きにまかせていればいいのだ。なんという幸運だ!」と。しかしそれを心の中で言い終わると彼はすぐに陰鬱になり、突然国民軍の制服を着ると夜の町へと出て行くのでした。
バリケードでは、アンジョルラスの言を継いでコンブフェールが「自分が死んだら泣くであろう家族がいる人は家に帰れ」と暴徒たちに話しているところでした。帰るべき人たちは5人いましたが、捕虜の国民兵から剥ぎ取った制服は4着しかありません。そのまま出ていったら暴徒であることは明白、すぐに捕まって殺されてしまいますので、安全に帰るためには国民軍の制服が必要だったのです。5人の人々は、マリウスに「1人だけバリケードに残る人を選んで欲しい」と詰め寄ります。つまり、1人だけ死ぬ人を選ぶということであり、うろたえるマリウスの傍らに突然もう1つの制服が落とされました。バリケードに着いたバルジャンが自分の来ていた制服を投げたのです。その行為で5人の人はすべて帰路につくことができ、バルジャンは即座に「英雄」として迎え入れられました。
やがて朝が来て、また戦いが始まりました。バルジャンはバリケードに来てからほとんど口もきかず、戦いにも参加しませんでした。しかし、トゥーロンの徒刑場に入る前、彼は密猟をしていたので銃の腕は確かでした。バリケードに布団が必要だとなると、バリケードの外側にある7階建ての家に弾丸除けに吊るしてある布団を、遠いためにまるで糸のように細く見える綱を撃ち抜いて下へ落とし、自らバリケードの外へ拾いに行ったり、高いところにいる見張りを撃ち殺すことなく、正確に鉄兜を撃ち落として威嚇したりと、協力はしました。バリケードの人々は不思議がりましたが、バルジャンは決して襲撃や攻撃、そして自己防衛すらしなかったのです。そして、誰も気づきませんでしたが、彼はせっせと負傷者を運び、手当てをし、バリケードを修理したりしていたのです。
いよいよ弾もなくなり、弾温存のために生かされていた捕虜ジャベールを殺す時が来ました。バルジャンは突然アンジョルラスに「今までの行為に対してあなたは私に感謝をした。報酬を受けることができるか?」と聞き、ジャベールをその手で殺すことを許可されます。生き残っている暴徒達は戦いに戻り、バルジャンは死角になっている場所へ縛られたままのジャベールを連れて行き、ご存知の通り自由にしてやります。ミュージカルだと、バリケードで戦っているのにジャベールだけを逃がしてやるように感じますが、原作ではただの一人も傷つけたり殺したりせず、単にその延長として、ジャベールも逃がしてやったのでした。

バリケードにいる間、見ていないようで実はずっとマリウスを見ていたバルジャンは、マリウスが撃たれたのを見ると飛びつき、運び去りました。戦いはまだ続いていましたが、暴徒達がコラント酒場へ待避しているため、攻撃は酒場の戸口に集中していて、幸いバルジャンとマリウスに気づく者はいませんでした。バリケードの死角に入ったものの、八方塞がりで途方に暮れるバルジャン。穴でも開いていないかとふと地面に目を落とし、下水道の入り口に気づきます。回りの敷石がバリケードのために崩されていて、幸いすぐに入ることができました。しかし入った先はこれまた地獄。この頃のパリの下水道は病気の源であり、暗く、恐ろしいところでした。バルジャンは疲れた体で死体のようなマリウスを抱え、地下道を歩き回りました。人込みの中に出くわさないよう注意しながら道を選んでいた彼は、途中流砂のように人を飲み込む泥に苛まれ、首まで水につかりながらもマリウスを頭上に支え上げてなんとか渡りきりました。まさに疲労困ぱいとなった時、出口の明かりが見え、残る気力を振り絞って走りました。しかし、下水道の入り口には鍵がかかっていて、鉄格子はガッチリ固く、とても出られそうにありませんでした。体力も気力も使い果たしたバルジャンは、マリウスを下に降ろし、がっくりと座り込んでしまいます。そこに突然声をかけてきたのは、ジャベールではなくテナルディエでした。悪事に利用しているらしく下水道の鍵を持っているテナルディエは、暗闇と汚れのせいで相手がバルジャンとは気づきません。人殺しが死体を持って逃げているところだと勝手に思い込んだテナルディエは、バルジャンに取り引きを持ちかけます。金のために殺したのだと推測した彼は、死体が持っているであろう金の半分をよこせと言うのです。バルジャンは相手がテナルディエと気づいているので、顔を見られないようにしながら、自分の手持ちの金をテナルディエに渡し、ついに下水道の外へと出ることができました。しかし、そこには次なる難関が待ちうけていました。テナルディエをつけてきたジャベールがいたのです。(バルジャンその3につづく)
テナルディエ
テナルディエは、あの偉大なワーテルローの戦いに関わってしていました。そしてマリウスの父の命を救ったのですが、それには大きな誤解がありました。マリウスの父は命の恩人の名前を聞き、息子にもこの人に感謝をするようにと手紙を残しましたが、実はテナルディエはこのワーテルローで、ミュージカルの下水道のシーンでやっている「死体から物品をいただく」という行為をしていたのです。死体が無数に落ちているくぼんだ道を、めぼしい物はないかと徘徊していたテナルディエは、死体の山の下から出ている手の開いた指に、金の指輪が光っているのを見つけさっそく盗みました。そこから引き上げようとするとその手が裾を掴んでいて、興味が湧いて引っ張り上げ、さっそくその人の服を探り時計と財布を盗みました。外気に触れ、手荒く扱われたために意識を取り戻したその人、つまりマリウスの父ジョルジュ・ポンメルシーはテナルディエが助けてくれたのだと思い、「時計と財布をあなたにあげよう」とポケットを探らせますが、もちろんすでにテナルディエが盗んでいたので何にもありませんでした。かくして火事場泥棒ならぬ戦場泥棒は、命の恩人に成りすましたわけです。そして宿屋では「重傷の将軍を銃弾から身を持って庇い、助けた」と吹聴し、看板に「ワーテルロー軍曹の酒場」などとぬけぬけと描いたのでした。

借金のため宿屋は潰れ、テナルディエ一家はどん底の生活をしていました。名前を偽り、慈善家から寄付を受けて生きていた彼は、ある時コゼットを奪っていったバルジャンと再会し、お金をふんだくろうとしますが失敗に終わり、投獄されてしまいます。(詳しくはストーリー編「スリル満点大捕物」参照)やがて、プリュジョンやバベ、モンパルナスとともに脱獄を決意したテナルディエは、雨の夜にひとり脱走します。彼は独房に入っていたのですが、どこにでも裏切り者の看守がいるもので、連絡を取り合っていたのでした。しかし、激しい雨と高い壁に阻まれ、脱獄はそうたやすくはありませんでした。やっとのことで仲間の待つ壁の上まで来たテナルディエでしたが、そこからはどうやっても降りられそうにありません。そこに呼ばれてきたのは息子のガブローシュでした。子供なら上れる樋を伝って、ガブローシュは父親に縄を渡し、まんまと脱出を成功させてあげましたが、テナルディエからは感謝の言葉ひとつも聞くことができませんでした。テナルディエ夫婦は、生まれた時からこの息子をかわいがってはいなかったのです。
脱獄したテナルディエは、プリュジョンらとともにある家を襲撃に行きますが、エポニーヌの執拗な妨害にあい、それがバルジャン宅だとも知らずに諦めて帰ってしまいました。

さて、その後はすっかり影を潜めていたテナルディエですが、バリケードが落ちた夜、何かを企んでいたのか歩いているところを尾行されていました。袋小路の河岸まで逃げた彼は、あらかじめどこかから手に入れておいた鍵を使ってまんまと下水道へ逃げ込みますが、その先にはバルジャンが苦労して渡った(上記バルジャン(その2)参照)、流砂のような泥が待ち構えていたのです。外にはまだ追手が待ち構えているでしょうから、どこにも行くことができず、困っていたところに死体を抱えた人殺し(バルジャンのこと)が現れたのでした。彼は取り引きを持ちかけ、お金をもらってその人殺しを外に出してあげましたが、それは悪者同士の親切でもなんでもなく、実は外にいるであろう追手にまんまとエサを与え、追い払おうという策略だったのです。しかも、周到なテナルディエは、死体にまだお金が残っていないか確かめるふりをして、ついでに(人殺しの)証拠としてマリウスの上着の裾を少し引き千切り、隠します。その上、最初は「山分け」と言っていたにも関わらず、バルジャンが差し出したお金を全部持っていったのでした。

その後行方知れずだったテナルディエは、マリウスとコゼットの婚礼の馬車とすれ違い、そこにバルジャンの姿を見つけます。生き残った娘アゼルマに、あの婚礼の馬車の人間を探るようにと命じ、その後はバルジャンの正体を暴こうといろいろ調べまわったようでした。ポンメルシー男爵と結婚した娘がコゼットと知ると、テナルディエはさっそく男爵の家を訪れます。悪人御用達の変装屋でしっかりと変装をしたものの、なぜか男爵に正体がばれてしまうと、テナルディエは気楽になったと言って変装を取ってしまいました。売れるはずだった秘密はマリウスにとってはずっと知りたかった真実であり(詳しくはストーリー編「テナルディエ唯一の善行」参照)、テナルディエは当てが外れてしまいますが、目の前の怒れるマリウスは、なぜか自分を罵りながらもたっぷりと金をよこしてくれました。不思議がりながらもありがたく頂戴して、彼はその後アメリカへ渡り、奴隷商人になったとのことです。悪人はどこまでも悪人のままでした。
マリウス(その2)
48時間ぶりにコゼットの家を訪ねたマリウスは(これでも気が狂いそうに長い時間だったようですが)、家が空っぽなことに気づき呆然とします。今までは父親に見つからないようにこそこそと隠れて会っていたのですが、父親に見つかっても構わないとドアをどんどん叩いてコゼットを呼びました。しかし、もう家には誰もいませんでした。庭に座り込んでしまったマリウスに、聞き覚えのある声が呼びかけました。「お友達がバリケードであなたを待っていますよ」と…。マリウスは、住所を教えたというのに何も書き残さず、黙って出ていってしまったコゼットはもう自分を愛していないのだと思い、死のうと決心します。それにはバリケードで戦うことは渡りに船、その時やっと彼はバリケードへ向かうのです。
バリケードではすでに戦いが始まっていて、マリウスは少し悩みながらも決心してバリケードに飛び込み、ガブローシュとクールフェラックの危機を救います。その後瀕死のエポニーヌに出会い、コゼットが自分に宛てた手紙を見て、まだコゼットが自分を愛していたことを知り、しかしやはり旅立ってしまうことに絶望し、結局死ぬ決心をします。そしてコゼットに別れを告げる手紙を書き、テナルディエの息子であるガブローシュ(死ぬ間際にエポニーヌが『あれは弟だ』と言ったのです)をとりあえずこの危機から救うためにその手紙をガブローシュに託すのでした。しかし、意に反してガブローシュは戦いに復帰したいために夜の内に手紙を届けて戻ってきてしまい、結局尊い犠牲となってしまいました。そして、自身も銃弾に倒れ、意識を失います。

ジルノルマン邸で4ヶ月もの間生死の境をさ迷ったマリウスは、傷による高熱にうかされ、コゼットの名を呼び続けました。(詳しくはストーリー編「『ここ』ってどこ」参照)意識を取り戻したマリウスは、ジルノルマン祖父とようやく和解し、めでたく結婚の運びとなりましたが、まだ祖父の家へ誰がどうやって自分を運んできてくれたのかは謎のままでした。幸せな結婚式の翌日、バルジャンに過去を告白され、悩みます。彼は根が善良なのでいつかは知ることでしょうが、この時はまだ神の決めたことと人間の決めたことの区別がついておらず、法こそ全てという考えでした。それまでのフォーシュルバン氏に対する漠然とした近寄りがたさが、徒刑囚という事実のせいだったと思い、バリケードにきたのはジャベールに復讐するためであったのだろう(詳しくはストーリー編「テナルディエ唯一の善行」参照)と自分を納得させました。そしてその事実によってコゼットにさえ陰がさすのではと恐れましたが、自分がコゼットを愛したことは真実であり、もし結婚前にそのことを知らされていたとしてもコゼットを愛さずにはいなかっただろう、あの悪人がコゼットという天使を育てたことは神の手段だったのだろうと思うのでした。そしてバルジャンがコゼットに会いに来ることを許したことを後悔しました。
彼はバルジャンがコゼットに会いに来るのを心中では嫌がっていましたが、約束した以上断れず、バルジャンが訪ねてくる時間はなるべく家を空けるようにしました。しかし、だんだん面会の時間が長くなり、彼が夕食に2度も呼ばなければ戻ってこないこともあり、なるべくむごい方法ではなく、しかし弱気にならずに彼をコゼットから遠ざけるために、暖炉の火を消させたり椅子を片したりしました。しかしユゴーはここで「彼を責めるのは間違いだ」と言います。木の枝が幹から離れはしないけれど遠ざかって行くのが小枝の罪ではないように、若者は前を向き、老人は後ろを向くものだと。しかし、このマリウスの行為がバルジャンの死期を早めたことは疑いようがありません(詳しくはストーリー編「結婚式後の苦悩」参照)。

ある日の夕方、召し使いが手紙を持ってきて、持ってきた本人が控え室にいると伝えます。受け取ったマリウスは、まずたばこの臭いであることを思い出し、さらに手紙の筆跡で確信を持ちました。あんなに探していたテナルディエが、自分からやってきたのだ。あとは自分を救ってくれた人さえ探し出せれば全て終わります。しかし、入ってきた男を見てがっかりしました。テナルディエとは似ても似つかないのです。が、話をしているうちに見え隠れする影が、結局本人であることを物語っていました。マリウスは君を知っていると言い、さらに君が話そうとしている秘密も知っている、と自分の思っていることを語ります(詳しくはストーリー編「テナルディエ唯一の善行」参照)が、それは真実ではなく、まったくの逆でした。テナルディエが持ってきた新聞は作られたものではなく、本物でした。突然バルジャンが偉大な人となって雲から現れた気がしましたが、テナルディエの話はまだ続きました。「バリケードが落ちた日の晩、8時くらい」にバルジャンが自分を担いで危険な下水道を歩いてきたと知り、「金持ちの外人の若者を殺した」と言うテナルディエに、大事にしまってあった当時の上着を投げつけます。そしてテナルディエから布切れを奪い取ると、その上着の裾に当ててみました。それはピッタリと合い、その布で上着は完全な形になりました。マリウスは身を震わせてポケットを探り、紙幣を握った拳を顔に押し付けんばかりに突き出し、テナルディエに罵声を浴びせながら金を投げつけました。そしてコゼットに「自分は人でなしだ、恩知らずだ」とわめきながら馬車を走らせたのです。

ロマルメ通りの家ではバルジャンが間もなく死に行こうとしていました。マリウスは泣きながら彼の逝くのを見守るしかありませんでした。マリウスはいつの瞬間も、ただ自分に正直であり、善良だったのでした。
ジャベール
ジャベールは牢獄でトランプ占いの女の子として生まれ、父親も懲役となっていました。彼は大きくなって、自分が社会の外にいると考え、そこへ戻る望みはないと思っていました。そして、社会から締め出されている、社会を攻撃する者か社会を守る者のどちらかになるしかなく、その厳格で几帳面な性格から、また、浮浪者を憎む気持ちから、警察に入ったのでした。そして、ただ職務を全うすることをよしとし、情や後悔などとは無縁の世界に生きていました。若い頃、ツーロンの徒刑場で看守補をしていましたが、40歳で警部になりました。モントルイユ・シュル・メールで職に就いたとき、すでにマドレーヌ氏は財産を築いていて、町の人はみなマドレーヌ氏を敬っていましたが、彼だけはいつも疑惑の眼差しを向けていました。ファンティーヌ事件でマドレーヌ氏に恥をかかされたと思ったジャベールは(詳しくはストーリー編「俺は正義だ」参照) 、マドレーヌ氏こそバルジャンであると当局へ告訴しました。しかし、バルジャンはすでに捕まっていて(もちろんシャンマチウですが)、それは彼も見とめざるを得ませんでした。彼は行き過ぎた行為で上官に対して不義を働いたという理由で、辞表を出すのではなく免職してくれと頼みに市長であるバルジャンの元へ来たのです。バルジャンは取り合わず、彼はしかし彼なりにそれが正義だと思っていたので、後任が見つかるまでは職務を全うすると言って出て行きました。

アラスから帰ってきたバルジャンを、ジャベールはファンティーヌの病室で捕まえます。ファンティーヌはショック死してしまいますが、それもジャベールの心を動かすことはありませんでした。また捕まってしまったバルジャンは、銀行に預けていたお金を引き出すために一時脱走します。ジャベールはこれを捕らえるためにパリに呼ばれ、数日後にバルジャンを逮捕し、今度こそツーロンへ送り返しました。その後はもう、ジャベールはバルジャンのことを考えることはなくなっていました。ある日珍しく新聞を読んだジャベールは、バルジャンという徒刑囚が海に落ちて死んだという小さい記事を見つけ、それを信じていました。しかし、テナルディエが出したらしい幼児誘拐の報告が、ファンティーヌの病室での会話を思い出させ、疑惑を生んだのです。彼は用心して調べ、ついにバルジャンを見つけ出しますが、尾行の途中で見事にまかれてしまい(詳しくは「10年の間に何があったのか?」参照)、すごすごと帰るしかありませんでした。

マリウスがゴルボー屋敷の悪事を知り、警察に相談に来たときに話をしたのもジャベールでした。この時はバルジャンのことは何も気づかず、ただテナルディエやパトロン・ミネットを捕らえようと張り込んでいたのです。ニアミスはしたものの、結局彼はこの時は逃げた人質がバルジャンだったとは知る由もありませんでした。暴動の日、暴徒の列にひっそりと紛れ込んだジャベールは、バリケードでスパイ活動をしていました。ミュージカルのように大袈裟に嘘をつくこともなく、なるべく目立たないように黙っていましたが、浮浪児のガブローシュに顔を見られ、捕虜となります。暴徒達は弾が不足するため、節約のために最後の時がくるまで殺されずに縛られていることになりました。その間も静かにスパイ活動を続けていたジャベールですが、いよいよバリケード陥落が近くなり、捕虜を殺そうという動きが出ました。そこへ名乗り出たのはあのジャン・バルジャンでした。ジャベールは少し驚きましたが、静かに受け入れ、バリケードから連れ出された時も、かたわらのエポニーヌの死体を見て「あれは見覚えがある」などと冷静そのものでした。ナイフを取り出したバルジャンに、「それがお前に向いてるよ」と返すジャベール。しかし、そのナイフはこともあろうに縛られていたロープを切ったのでした。おいそれとものごとに動じないジャベールでしたが、今度ばかりは動揺を免れませんでした。ゆっくりと立ち去りかけますが、振り向くと「君には悩まされる。いっそ殺してくれ」と頼みます。この時、ジャベールはバルジャンのことを「お前」ではなく「君」と言っていることに自分で気づきませんでした。

無事に戻ったジャベールは、言われるままに普通の職務に戻りました。テナルディエを追ってきた下水道からバルジャンが出てきたとき、変わり果てた姿にそれとはわからず、本人が名乗ると恐ろしい形相でバルジャンを見つめました。そして、捕まえる前にこの男を運ぶのを手伝ってほしいと頼まれると、怒りもせず、馬車を呼んで家へ運んでやりました。そしてバルジャンの家へ着くと、本来なら自分で払う必要のない馬車代を払ってやり、馬車を帰してしまいました。そして、バルジャンが支度をしに家へ入っている間に、自らバルジャンの家を後にしたのです。今まで考えたことすらなかったことが、頭の中で渦を巻いていました。相容れない2本の道のどちらかを選ばねばならず、どちらを選んでも自分にとって堕落のような気がしました。彼は自分の行為に疑問を投げかけます。自分の個人的な理由で、悪人を見逃したこと。これは今までの人生の全てだった「法」を裏切ることになる。しかし、バルジャンを捕まえることは、やはりできませんでした。徒刑囚が神のように自分を許したということが、彼の中に新しいものを生み出していたのです。法も間違うことがある、という当たり前の事実を、彼はこの時初めて知ったのです。ジャベールは長い間激しく逆巻くセーヌ河の急流の上の欄干に肘を付いて考え込んでいましたが、ふと顔をあげると近くの派出所へ行き、突然警察職務に関しての意見書を書き始めました。口にも考えにも出さなかったけれど、何かが違うと思うことは少なからずあったのでしょう。それが済むと、また欄干に戻り、真っ暗な河、深淵へと飛び込んでしまったのでした。

その後、水死体となって発見され、自殺と断定されますが、理由は彼が書いたこの意見書から、精神錯乱の発作だろうとかたづけられました。ジャベールは、職務としてバルジャンを追っていたのであって、ミュージカルで感じられるような「宿敵」だったわけでも「標的」としていたわけでもありませんでした。バルジャンがすべての人の命を大事にしたように、ジャベールもまたすべての悪を法で裁こうとしていただけでした。
ジャン・バルジャン(その3)
マリウスを運ぶのをジャベールに手伝ってもらったバルジャンは、もうすっかり捕まる覚悟ができていました。ただコゼットに最後の別れと、マリウスの住所や諸々のことを知らせるべく、家へ寄らせてもらったのです。しかし、いつもの習慣でふと一休みした階段の窓から外を見ると、そこにジャベールがいないことに驚きました。そしてその後、新聞でジャベールの死を知ったとき、理由の精神錯乱を、「あの時俺を見逃したのだから狂っていたにちがいない」と妙な納得をしたのでした。バルジャンはコゼットがマリウスと幸せになるように、八方手を尽くします(詳しくはストーリー編「ありがとうパパ」参照)。結婚式の日、会食を断ってロマルメ通りの家に帰ったバルジャンは、昔コゼットがやきもちを焼いたくらいいつも側に置いていた鞄を取り、その中から10年前に初めてコゼットと出会い、連れ帰る時に着せた小さな黒い服一揃いを取り出し、抱きしめてむせび泣きます。そして彼はアラスに向かう前日よりもさらに苦しい苦悩を経験します。コゼットと一緒にいたいという気持ちと、若い2人のこれからの幸せに自分の暗い過去の影を落としていいのかという気持ちが、心の闇の中で戦っていました。そして、前と同じように、一晩中寝ずに苦悩しつづけるのでした。

マリウスに過去を告白したバルジャンは、それでもコゼットへの未練を断ちきれず、今後もコゼットに会うことを許して欲しいと頼みます。ずるずると約束してしまったマリウスをよそに、彼は毎日通いつづけました。しかしそれは、結婚によって失ったコゼットを、また少しずつ失う辛い日々でもありました。彼はコゼットに「お父様」と呼ぶことをやめさせ、自分でもコゼットをお前といわず「奥さん」と呼びました。最初はバルジャンがふざけているのだと思ってキスをせがむコゼットでしたが、本気と知ると諦め、翌日からはだんだんそれに慣れてきました。そして、そのうち彼女は陽気になりましたが、反対に優しさを失っていきました。そしていつしか親しさもなく、キスをしながらの挨拶もなくなりました。バルジャンが望んだこととは言え、辛いことだったでしょう。 しかし、最初の頃は2、3分で帰ったバルジャンでしたが、だんだんと時間を延ばすようになりました。コゼットが戻りそうになると、マリウスを褒め称えて時間を長引かせることに成功していました。しかしマリウスはマリウスで彼女をバルジャンから離そうとしていたので、コゼットが不在だったり、暖炉の火が消えたりということが続き、やがてバルジャンはコゼットの訪問を諦めてしまいました。

その後も毎日同じ時刻に屋敷の近くまで歩いていたバルジャンでしたが、あと数軒というところまで来ると足が止まり、悲痛な様子で涙を流しながらまたもと来た道を戻るのでした。やがて、屋敷の近くまでだったものが手前の通りまでになり、さらに手前になり、行程はどんどん短くなっていきました。ある日、家の前の、1年前ガブローシュと出会ったときに座っていた車よけの石に2〜3分座りに出たのを最後に、彼は部屋を出なくなり、ベッドからも出なくなりました。親切な門番のおかみさんが用意する食事にも手を付けず、水を飲むだけ。おかみさんが通りかかった医者に頼んで様子を見てもらいますが、医者は「親しい人をなくしたようだ。それがもとで死ぬこともある。私以外の人に来てもらう必要がありそうだ」と答えます。
バルジャンはすっかり弱ってしまい、自分で自分の脈が感じられないほどになっていました。娘の結婚前である1年前には50歳くらいにしか見えなかった顔が、今では80歳にも見えました。服を着替えるのにも休み休みやらねばならず、汗までかき、気絶しながら家具を暖炉の近くに寄せ、コゼットへ最後の手紙を書き始めました。マドレーヌ時代にいかにして黒玉で稼いだかを書いていて、彼は突然ペンを止め、心の中で叫びます。死ぬのは恐くない、死ぬ前にコゼットに一目会いたい。コゼットを一目見てから死ねたら!しかし、もうだめだ。もうコゼットとは二度と会えないのだ…。その時、ドアがノックされ、コゼットとマリウスが入ってきたのでした。

バルジャンは蒼白な顔で、目に喜びをたたえて「コゼット!」と叫びます。コゼットも忘れていたことなどないかの様子で「お父さま!」と応えました。涙をこらえるマリウスからも、「お父さん」という言葉が聞こえたとき、バルジャンは「それではあなたも許してくれるのですね。ありがとう」とお礼を言うのでした。コゼットもマリウスも、堰を切ったようにバルジャンへの感謝と愛を語りますが、バルジャンは自分の死を悟っていました。彼は最後まで正直で、マリウスへ「いつもあなたを愛していたわけではなかった。それは許してください」とさえ言いました。しかしまた、「今は、この子とあなたは、私にとって一人だ。コゼットを幸せにしてくれると思っている」と続け、コゼットの小さい頃の思い出を語り、2人を近くに呼び寄せました。そして、何も言えず、ただ狂ったように泣いている2人に両手を握ってもらいながら、最後こそ幸せに、仰向けに、天を向いて死んでいきました。

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