さて、このページでは原作で語られているそれぞれの登場人物についての説明をしたいと思います。ミュージカルでは到底語りきれない、キャラクターの性格やその生涯をご紹介します。
「何があったのか?」(ストーリー編)と相互リンクしてある部分が多いので、少々読みづらいと思いますが、ご了承ください。
ミリエル司教様・バルジャン(その1)・ファンティーヌ・マリウス(その1)・コゼット・エポニーヌ
ミリエル司教様 |
レ・ミゼラブルの原作は、司教様の話で始まります。1815年、シャルル・フランソワ・ビヤンヴニュ・ミリエル氏は75歳、ディーニュという町の司教様でした。背は低く、いくらか太り気味でしたが、愛想のいい立派な顔の持ち主でした。ミュージカルではまるでツーロンで司教様に会ったようですが、実はバルジャンはツーロンの徒刑場を出てから3日かけて50キロの道のりを歩き、ディーニュで司教様に出会ったのです。 さて、原作ではビヤンヴニュ閣下と呼ばれているこの司教様、いい家柄の出で、若い頃はブイブイ言わせていたそうですが、大革命によって家は没落、紆余曲折を経て神の道を選んだようです。この頃は教会が力を持っていた時代なので、保身が大事な司祭や司教が多かったなか、ミリエルは本当に世の人々のために力を尽くし、司教職の収入のほとんどを恵まれない人や教育のために寄付していました。大きな司教館と小さな病院を見て、小さな病院にあふれるほどの病人がいることを知ると、自分は年老いた妹と女中1人の3人暮らしなのだから大きな家は必要ないと言ってすぐに屋敷を病院と交換しました。少しでもお金が入ると、すぐに貧乏な人に分け与えてしまいましたし、死を恐れないので、誰の制止も聞かずに山賊がいる先の貧しい村へ布教に行ったりしました。このように崇高な人物でしたが、やはり人間ですので、嫌っているものもありました。そう、革命家です。その当時は王政復古したばかりで、革命家はまるで野蛮人か怪物のように言われていて、司教様も口には出さないけれど心の底ではみなと同じ考えでしたが、ディーニュの町外れにひとり、年老いた革命議会議員が住んでいたのです。ミリエルは義務感と恐いもの見たさもあって、死にかけているという噂の革命家の家を訪れました。そして、革命家と話をしていると、自分の中に新たな気持ちが芽生えるのを覚えました。革命家は決して化け物でもなんでもなく、フランスのことを考え、市民のことを考えるひとりの偉大な人物でした。彼が死ぬまでの間語り合ったことによって、ミリエルはさらに神に一歩近づくのです。 ミリエルの妹は独身で、控えめな人でした。兄を尊敬し、兄のすることにはひとつも文句をつけずに黙って従いました。女中は家の戸に鍵をつけないことをひどく恐れて何度か司教様に注進しましたが、この人もやはり最終的には司教様の意志に従う従順な人でした。司教様は誰も恐れず、疑いませんでした。家中のドアから鍵や閂を取り去り、つねに誰でも入れるようにしてあり、凡人には到底到達できない心境で生活していたのです。この人柄に触れて、バルジャンも神の心を知ることができたのです。 |
ジャン・バルジャン(その1) |
バルジャンは貧しい家に生まれ、父母を早くに亡くしました。ずっと年上の後家の姉に育てられ、成人してからは枝切り人夫として、姉の7人の子の父親代わりをしていました。とはいえ、やはり生活は貧しく、いつも子供たちはお腹をすかせている状態。ある時、パン屋のガラス窓を割り、手を入れてパンを盗みました。すぐに捕まり裁判にかけられましたが、彼は銃を持っていて密猟もいくらかしていたため(密猟は頭から悪いとされていました)、ツーロンの徒刑場で5年の懲役となりました。しかし、山で密猟をしている者は、街で殺人をするような残忍な心を持っているわけではないのです。バルジャンは無口でぶっきらぼうでしたが陰気ではなく、根は善良で真面目でした。投獄されたとき、彼は姉と7人の子を思って泣きました。そして、彼はそれまで無知でしたが馬鹿ではなかったので、牢獄生活でいろいろものを考えました。彼は決して自分を無罪とは思っていませんでしたが、働き者の彼に仕事=収入がなく、その上「罪に対して罰が重過ぎる」のは社会の罪ではないかとも考えるようになりました。社会に疑問を抱き、やがて憎むようになります。そしていろいろ考えることによって、知性が身についてきたのでした。知性は悪も育てます。彼は4度、脱走を企てました。すべて失敗に終わりましたが、その度に数年ずつ刑期が長くなり、結果19年も牢獄生活を送ることになったわけです。そして出獄する頃には、19年の徒刑場での生活のおかげで彼の心はすっかり憎悪に染まっていました。 他にこの徒刑場の場面で説明されたことに、「怪力」があります。ミュージカルでは突然馬車を持ち上げて何事かと思いますが、ツーロンの徒刑場では彼が怪力の持ち主だということは知れ渡っていました。さらに特技として、身軽さがあります。ひじ、かかとなどを使って、垂直な壁をヤモリのようによじ登ることができたのです。これはのちの逃亡で威力を発揮します。 さて、ディーニュへたどり着いたバルジャンは、ミュージカルでご存知のようにひどい目にあい、のちに司教様に出会います。司教様は名前も聞かず、もちろん事情も聞かず、まるで友人のように彼を招き入れ食事をします。さんざんひどい目にあっていたバルジャンは、談笑しつつも疑心暗鬼なまま食事を終え、ベッドへ案内されました。夜中に目を覚まし、頭に銀の食器が去来します。食器が司教様の部屋の戸棚にしまわれていたことはしっかりチェックしてあったので、忍び足で司教様の枕元へ行くと、神々しい司教様の顔を見てバルジャンはしばし呆然とします。19年を地獄で過ごした彼には、司教様の顔はまぶしすぎたのです。それでも、彼は食器を盗んで逃げてしまいます。そしてストーリーの方でご紹介しているように「プチ・ジェルヴェ事件」を経て本当に改心します。 モントルイユ・シュル・メールにたどり着いた時、彼は火事に出会います。火の中に取り残された2人の子を助けた彼は、感謝され、旅券を調べられることなく町に入ることができました。そこで彼はマドレーヌと名乗り住みつきます。彼は黒玉の装飾品を改良し、安く早く生産できるようにしました。これが大当たりして工場ができ、さらに工場が大きくなり、彼はもちろん、町全体が豊かに潤います。金持ちになっても無口で慈悲深く謙虚なマドレーヌさんは、次第に人々に慕われるようになり、ついには市長になります。しかしジャベールだけは彼を疑いのまなざしで見ていました。「シャンマチウ事件」(詳しくはストーリー編「とぅーびーおあのっととぅーびー」参照)でみずから名乗り出たバルジャンをジャベールは逮捕しますが、まんまと警察の目をくらました彼はファンティーヌとの約束を果たすためにコゼットを引き取りました。隠れ家生活をジャベールに突き止められた彼らは、修道院に逃げ込み(詳しくはストーリー編「10年の間に何があったのか?」参照)そこで5年の歳月を過ごします。コゼットに愛され、彼は本当に幸福を感じていました。バルジャンはコゼットがこのままずっと自分だけを見つめていてほしいと願うようになりますが、それは彼女の幸福の可能性を奪ってしまうことになるのではと考え、フォーシュルバンが死んだのをきっかけに修道院を出て、プリュメ通りの家を借りて住み込みます。同じ場所にいると目をつけられやすいので彼は他に2軒、離れた場所に家を借りて、数ヶ月ずつ暮らしていました。マリウスが後をつけていった家はそのうちの1軒で、バルジャンはコゼットを奪う恐れがあるこの青年からコゼットを永遠に引き離そうと(最初の志とまったく違いますね(笑))、二度とその家を使うことはありませんでした。しかし、コゼットはバルジャンには打ち明けなかったけれどマリウスに恋していたのです。マリウスからコゼットを引き離したことによってコゼットも暗くなってしまい、今までたいそう仲が良かった2人の間は次第にギクシャクしてしまいましたが、テナルディエの策略にかかった時に自ら傷つけた腕の傷(詳しくはストーリー編「スリル満点大捕物」参照)をコゼットはやさしく介抱してくれ、また前のような関係に戻ってきて、バルジャンはその傷、ひいてはテナルディエの策略にさえ感謝をするのでした。(バルジャンその2へ続く) |
ファンティーヌ(ファンチーヌ) |
ファンティーヌは父も母も知らず、町の人に育てられながらなんとなく育ってきたという感じの子供でした。それでも彼女は美しく成長して、パリに出て女工をしていましたが、トロミエスと3人の男たちと付き合うようになり、あまりまじめに働かなくなりました。というのも、トロミエスたちは金持ちの道楽息子で、いろいろ世話をしてくれたからです。3人の男たちにもそれぞれ女がいて、男女各4人、計8人でよく遊んでいました。男たちはもちろん、3人の女たちもかなりの遊び人で、彼らに夢中なふりをして他の男ともつきあっているような感じでしたが、ファンティーヌはこの中では唯一、トロミエス以外の男とは付き合わず、トロミエスと関係は結んでいたものの性質的にはとても貞淑で真面目でした。美しい彼女は夢見がちではしゃいだりしないので、他の女たちからはあまりよく思われていませんでした。 女のひとりが「何か驚かせるようなことをして」と年中せがんでいたので、トロミエスたちはある企みを思い付きました。付き合い始めて1年あまりが過ぎたある日、男たちは女たちを誘ってピクニックへ出かけました。1日中遊びまわってそこら中でキスをし、最後にたどり着いたキャバレで食事中、男たちは「これから君たちを驚かせるよ。用意をするからここで待っていて」と言って出て行きました。女たちはあれこれ考えを巡らせながら待っていましたが、男たちはそれっきり帰ってきませんでした。トロミエスは4人の中で一番才気もあり陽気でしたが、太っていて年のわりに老けていて不健康で、外見的には魅力的とは言えない人物でした。そして、十分女たちには尽くした(つまり飽きてきた)し、親からは帰ってこいと矢の催促だし、一石二鳥なのでこういう計画を思い付いたのです。金持ちの放蕩息子は、自分のしたことへの責任も果たさず、ぽいっと捨てて何事もなかったように家に帰ろうとしていたのでした。ようするに、その性質的にも、お世辞にも好人物とは言えない男だったのです。キャバレで1時間待った女たちは、給仕から手紙を渡され初めて捨てられたことに気づきます。女同士の友情は男でつながっていたようなものだったので、それきり女たちもバラバラになりました。そして、その時すでにファンティーヌには子供がいたのです。 うちのめされたファンティーヌは、それでも子供と生活していかねばなりませんでした。しかし、すっかり遊びぐせのついてしまった彼女は、自分の持っていたささやかな職を軽蔑しお得意様を大事にしなくなっていたので、仕事もなくなっていました。収入の道はまったくなく、漠然と生まれ故郷のモントルイユ・シュル・メールに帰ろうと思い立ちますが、過ちは隠さねばならず、彼女は2度目の辛い別れをしなければなりません。2歳になったウーフラジーを連れて旅に出た彼女は、途中、モンフェルメイユのとある宿屋の前でかわいい女の子2人を遊ばせていた夫人に会い、こんなに子供を可愛がる人なら自分の子も預かってくれると思って話し掛けます。その宿屋はテナルディエの家でした。テナルディエはお金になると思い、値段の交渉をしてから預かることを承知します。ファンティーヌは着飾らせた娘を「コゼットです」と紹介して着替えと一緒に預けて、モントルイユ・シュル・メールに旅立つのでした。察するところ、ウーフラジーという名前はあまりかっこよくなく、コゼットという名前は上品なのでしょう。 その頃、「マドレーヌさん」の工場のおかげで故郷のモントルイユ・シュル・メールは繁盛していました。ファンティーヌも工場へ勤めましたが、テナルディエとやりとりしている手紙によって、子供がいることがバレてしまい、噂になったので女工場長にやめさせられてしまいます。針子の内職をしますが、稼ぎは少なく、どんどん貧乏に拍車がかかり、テナルディエへの送金も滞ってきました。テナルディエは金を巻き上げるために、コゼットの服がないだの病気だのと手紙をよこします。嘘とは知らないファンティーヌは、髪を売り、さらにはきれいな前歯2本を金貨と交換しました。部屋には家具もなく、まさに爪に灯を点すような暮らしでしたが、追い討ちをかけるようなテナルディエからの手紙が、ついに彼女に「最後のものを売る」決心をさせます。そう、娼婦になったのでした。 ある雪の日、突然背中に雪をおしつけられた(詳しくはストーリー編「こらオヤジ!」参照)ファンティーヌはバマタボワに飛び掛かります。取っ組み合いしているところに現れたジャベールに捕まってしまいますが、取り調べをしていたところへ市長殿が登場します。貧乏暮らしのためにすっかり市長を逆恨みしていたファンティーヌは、ジャベールへの泣き落としに必死で、市長へは「おまえに話すことなんかないよ!」とつばをはきかけます。しかし市長は動じず、あなたは釈放されるし、借金はすべて変わりに返してあげる、これからはあなたと子供の面倒を見ましょうと言うのです。かたやジャベールは自分を釈放する気は全くなく、ファンティーヌはどちらへ何を言っていいのかわからなくなってしまいました。ジャベールが市長との言い争いに折れてそこを出て行くと、今度は市長に感謝をし始めましたが、そこでくずおれて病院へ運ばれます。貧乏暮らしですでに胸を病んでいた彼女は、バマタボワに押しつけられた雪のせいでさらに病状が悪化してしまったのでした。だんだんやせ衰え、老け込んでしまった彼女ですが、市長の「コゼットを連れて帰る」という言葉を励みに生きようとしていました。入院して2ヶ月たち、マドレーヌさん、つまりバルジャンがシャンマチウ老人を無実の罪から救うためにアラスへと旅立ったのを、コゼットを連れ戻しにモンフェルメイユへ行ったと勘違いしたファンティーヌは、コゼットに会えるうれしさで、死に瀕しているというのに子供のように興奮していました。しかし25歳の彼女はすでに額にしわが寄り、頬はこけ、歯がぐらつき、鎖骨は飛び出し、皮膚は土色、髪は灰色になっていました。そしてアラスから戻ったバルジャンを捕まえに来たジャベールとバルジャンの会話を聞き、バルジャンが連れて帰っていると信じていたコゼットがここにいないことを知り、さらにバルジャンの素性と逮捕を知らされ、想像と現実の落差にショック死してしまいます。このように原作のファンティーヌはとてもみじめな死に様でした。 |
マリウス(その1) |
マリウスは「ジルノルマン氏」という豪快な老人の孫でした。ジルノルマン氏は矍鑠としていて女好きで、王党派でした。2人の妻をめとり、それぞれにひとりずつ娘がいました。一人目の妻の娘はオールドミスで、2人目の妻の娘は兵士と結婚して息子をひとりもうけましたが若くして死んでしまいました。このひとり息子がマリウスです。マリウスの父であるジョルジュ・ポンメルシー大佐は帝政時代に大活躍し、ナポレオンに男爵の称号をもらいましたが、王政復古の際大佐の位も爵位も取り上げられ、一人息子のマリウスも伯母の遺産を楯にジルノルマン氏に奪われ、みじめな余生を過ごしました。貧しい家でひとり、花を愛し育てていたジョルジュは、時折伯母にミサへ連れられてくるマリウスを柱の影からそっと見つめることしかできませんでした。年に2度だけ、マリウスは父宛てに義務的な手紙を出していて、父は優しい返事を送っていましたがジルノルマン氏に握り潰されていて、マリウスは父に愛されていることすら知らずに育ちました。 マリウスは一緒に生活していた祖父の影響で王党主義で、自分を愛してくれないと思っていた父を憎んですらいましたが、とても純真で真面目でした。ある時父危篤の知らせを受け、初めて父の家を訪れますが、マリウスが到着した時には父はすでに事切れていました。それでも何の感情も涌かず、3日で父のことを忘れていた彼は、ある時教会で父を知る教会委員と偶然話をし、父がいかに自分を愛していたかを知らされます。そしてナポレオン、延いては父を憎む祖父が、自分から父を遠ざけていたことを知り、やがて父やナポレオンのことを研究し始めるのでした。そして研究の末180度転換してすっかり革命派になり、ナポレオンと父を尊敬するようになりました。祖父にはそれを隠していましたが、ふとしたことでバレてしまい、すでに祖父を憎しみ始めていたマリウスは家を出て行くのでした。 あてもなく家を出た彼はふとしたきっかけでABC友の会と知り合います。苦しい貧乏生活を乗り越え、なんとか安定した暮らしができるようになった頃、毎日散歩する公園でいつも見かける親娘がいました。彼はその娘に恋をするようになりますが、父親に気づかれ親娘は公園に来なくなってしまいました。消息を知る手がかりもなく、毎日名も知らぬその少女を夢想してマリウスは仕事も手につかないようになってしまいます。ある日彼の部屋に、よく見たこともない隣人の娘が訪ねてきます。彼女はマリウスに気があるようでしたが、マリウスはつゆ知らず、お金を恵んで追い出しました。その隣人こそテナルディエ一家だったのです。実は彼はテナルディエを探していたのですが、それと言うのも彼の父親がワーテルローの戦いで命を救われた恩人がテナルディエだったからでした。父親を敬愛する彼は心の中でテナルディエを美化していて、いつかテナルディエに恩返しをしようと、家を出てからというものずっと彼の行方を追っていましたが、テナルディエが偽名を使っていたこともあり、まさか隣人がテナルディエだとは思いもよりません。壁穴から隣家を覗いていた(理由はストーリー編「どちらさまでしょうか」参照)マリウスは、慈善家として貧しい隣家を訪れたのが夢にまで見たあの親娘だと知って仰天します。さらにその親娘を知っているらしい隣人が恐ろしい計画を立てていることを知り、なんとか助けようとしますが、直接話しかければ親娘がまた行方をくらましてしまうだろうという恐れから、彼は警察に駆け込みます。警察ではジャベールが、計画の時間に外を固める約束をしてくれました。その日の夕方隣家を1人で訪れた慈善家を、隣人が仲間と押さえつけ縛り上げ、「俺を忘れたか、俺はテナルディエだ!」と叫ぶのを聞いたとき、マリウスはまたショックを受けます。恐ろしい犯罪者になろうとしている隣人が、ずっと思いを馳せていたあのテナルディエだというのです!通報することは自分の父の恩人を裏切ることになってしまい、通報しなければ愛する娘の父親、果てはその娘までも不幸に陥れてしまうのです。彼は壁際で立ち尽くし、悩みます。娘を人質にする計画は、父親の機転でおじゃんになりましたが、父親は変わらず危機にさらされていました。警察への合図にピストルを預かっていたものの、なんとか双方を救う道はないものかと思い巡らせていたマリウスは、娘が訪問した際に書き残した「デカがいる」というメモを投げ込みます。娘の筆跡なのでテナルディエもすぐに警察がいるのだと察し、うまく解決したかに見えました。しかし、隣人とその仲間たちが逃げる算段を始めたとたん、ジャベールが踏み込んできたのです。テナルディエ一味が警察に捕まったとき、捕虜であった娘の父親は姿を消していました。また彼は娘への手がかりを失ったのです。 しかしその後、一旦捕まったものの釈放されたエポニーヌが、事件後引っ越してしまったマリウスを探し出し、彼を喜ばせるためだけに、つきとめたコゼットの家に案内してくれます。コゼットを思うばかりにまるで死に掛けていた彼は、コゼットがその足音によって恐怖を感じているとも知らず、夜毎外からコゼットを眺めていましたが、ついに書き溜めた手紙(手帳)をそっとコゼットの座っていた石のベンチに置きます。そして翌日、ついにコゼットの前に姿を現し、幽霊のような様子で、自分でも何を言っているかわからないうちに愛を告白しました。そして純情な2人がついにただ一度、口づけを交わすのでした。 さて、彼はその後6週間も通いつめ、コゼットと毎晩語り合っていました。もともと浮世離れしたこの2人、取り止めもないことを話していただけでしたが、それでもお互いに、もう相手しか見えないほど幸福でした。しかし、エポニーヌが突然話し掛けてきた翌日、エポニーヌが勇敢にテナルディエ達を追い払っているその時に、マリウスはコゼットに「父がイギリスへ旅立とうとしている」という恐ろしい言葉を聞きます。彼にはイギリスへ一緒に行くお金もなく、コゼットは父に逆らえないのでどうすることもできません。絶望したマリウスは、それでも最後の頼みの綱、祖父の元へ恥を忍んででかけます。祖父はと言えば、厳しい言葉とはうらはらに実はマリウスが帰るのを心待ちにしながらすっかり年を取っていました。ジルノルマン氏はやってきたマリウスを本当は抱き着いて迎えたかったのに、あまのじゃくな性格から「何しに来た」とつっけんどんに応対します。マリウスは「ある女性との結婚を許していただきたい」と祖父に申し出ます。祖父は少し驚いたものの、マリウスに「そうか」と笑いかけます。万事うまくいきそうな雰囲気の中、突然の祖父の女性に対する侮蔑の言葉に、父を侮辱された時と同様、マリウスは結局何ももらわずに立ち去ってしまいました。祖父は何が愛する孫を怒らせてしまったのかもわからぬまま、悲しみにうろたえ、倒れてしまいます。(マリウスその2へつづく) |
コゼット |
ファンティーヌが故郷のモントルイユ・シュル・メールに旅立った時、コゼット(当時はウーフラジー)はまだ3歳になっていませんでした。ファンティーヌは娘を誰かにかわいがってもらうために着飾らせていましたが、預けた先はテナルディエの宿屋。コゼットは4歳の頃、すでに女中として扱われていました。着ていた服も母が預けた服も、すべてテナルディエの娘達に取られてしまい、真冬でも穴だらけのボロしか着せてもらえず、殴られたり蹴られたりしながら、裸足で掃除や洗濯や水汲みや、とにかく荒仕事をさせられていました。テナルディエは母のファンティーヌからお金を送らせるだけでは飽き足らず、コゼットを女中にすることで二重に儲けていたのです。 バルジャンが迎えに来た時、コゼットは8歳になっていました。出会った時も、ミュージカルでご存知のように寒い中を暗い森へ水汲みに行かされていましたし、テナルディエの娘のエポニーヌやその妹のアゼルマが美しく着飾ってきれいな人形で遊ぶのを横目で見ながら、彼女は姉妹のために編み物をしたり、仕事がない時には小さな鉛のサーベルを人形代わりにして遊んだりしていました。バルジャンは一晩その様子を観察していましたが、その間にもコゼットが落としてなくしたお金を、自分が拾ったふりをしておかみに返したり、姉妹の人形に触って怒られて泣いているコゼットに誰よりも立派な人形を買ってあげたりしたので、コゼットは最初に出会った時から不思議と恐くなかった名前も知らないこの男をすっかり信頼していました。ですから、バルジャンが黙ってコゼットをテナルディエ家から連れ出した時も何の疑問も持ちませんでしたし、一緒に暮らし始めてからは、自分を地獄から救ってくれた彼を「お父さん」と呼び、愛するようになりました。隠れ家がジャベールに見つかり、逃亡するときも、ただ黙ってついていき、言い付けどおりにしていたのです。かくして二人は修道院へ逃げ込み(くわしくはストーリー編「10年の間に何があったのか?」をご覧ください)、そこで暮らすようになったので、コゼットは修道院で教育を受けました。 5年間暮らした修道院を出て、プリュメ通りの家に住み始めた時、コゼットは子供らしい明るさと純粋で美しい心を持つ少女になっていました。時折バルジャンに母のことを聞いたりしましたが、小さな頃には自分から母のことを話してやったバルジャンは、コゼットが娘になるとなぜか話すことをためらうようになり、コゼットもそれ以上は聞かず、バルジャンを母の生まれ変わりだと考えるようになりました。そして数年経ち、ある日鏡を見たコゼットは突然自分が美しくなったことに気づきます。それまで気にもしなかった身なり(修道院で着るような服しか着ていなかったのです)を気遣うようになり、母のない子なのでちょっとおかしいところはあったものの、すっかり見違えるようにきれいな格好をするようになりました。バルジャンにしか向いていなかった心が他人を気にするようになり、公園でマリウスと再会したのが丁度その頃なので、マリウスに対して無邪気にですが気を引くような様子をしていたのです。恋の始まりは、男を臆病に、女を大胆にするのです。そしてコゼットも同様に、恋に落ちました。しかし修道院で育った彼女は「恋」というものを知らず、自分に起きた変化をそれがなんだかわからないまま、ひたすらマリウスを思うようになりました。とはいえ、コゼットを思うバルジャンにマリウスを遠ざけられてしまってからは、その思いもひっそりと心の奥底に沈んでしまい、愛することを覚えてしまった心は支柱を探す蔦のように、よく通りかかる将校テオデュール(くしくもマリウスの従兄弟で、顔はいいけれど嫌な奴です)を気にかけるようになっていました。 そんな時、エポニーヌにコゼットの家を教えてもらったマリウスがついに意を決してコゼットに手紙を送り、さらに会いにきます。その魂を揺さ振る美しい手紙に心を浄化されたコゼットは、すっかり元の気持ちを思い出し、マリウスと語り合い、本当の恋に落ちるのです。 毎晩マリウスと密会を重ねていたコゼットは、マリウスとは違って普段の生活もしっかりとし、さらに明るく、やさしくなりました。バルジャンは理由はわからないもののこの娘の変化を喜んでいましたが、いろいろな事情が重なり、突然引っ越すと言い出しました。父親には逆らえないものの、マリウスとの愛を知ってしまった今となってはマリウスとも離れることはできず、コゼットは苦しみます。夜に会う約束をしていたその日、もう引っ越すことになってしまったコゼットはあわててマリウスに新しい住所を知らせる手紙を書きますが、若い労働者と思って手紙を託した相手は恋敵のエポニーヌだったのです。そうとは知らないコゼットは、引越し先のロマルメ通りの家でひたすらマリウスの来るのを待っていました。 それからバリケードでバルジャンがマリウスを助けて家に戻ってくるまでのコゼットの描写は原作にありません。ただ、マリウスが瀕死状態だった4ヶ月間、彼女はずっと家でガーゼを作り、父バルジャンに届けてもらっていたようです。そしてついに再会。ミュージカルのように甲斐甲斐しくマリウスの世話をするようになったのは、バリケードの戦いから4ヶ月も経っていたのでした。彼女はジルノルマン氏にいたく気に入られ、彼女もまたジルノルマン氏に感謝しました。ジルノルマンはマリウスが最初に結婚の許可をとりに来たときに言ったことと正反対で、コゼットを褒め称え、家にあるいろんなものをプレゼントしました。暖かく迎えられ、2ヶ月通いつめたコゼットはついにマリウスと結婚します。この結婚には、バルジャンが手を尽くしてくれて(詳しくはストーリー編「ありがとう、パパ」参照)、彼女は「ユーフラジー・フォーシュルバン」として生まれ変わったのでした。結婚式の翌日、バルジャンが自分を「ジャンさんと呼んでくれ」と言ったりコゼットのことを「奥さん」と呼ぶことに戸惑いますが、すぐに慣れ、よそよそしい会見を続けているうちにバルジャンへの優しささえ失っていきました。心の底ではまだバルジャンを父として愛していましたが、愛するマリウスの意志を無言のうちに知り、盲従することで次第に心の均衡を失っていたのです。やがて会わない日が続いても何とも思わなくなっていました。 ある日、突然マリウスに連れられてロマルメ通りへ向かった彼女は、変わり果てた父親を見て一瞬のうちに心を取り戻します。家に連れ帰ろうという気持ちも空しく、バルジャンは旅立ってしまいました。 |
エポニーヌ |
エポニーヌはミュージカルでおなじみのように、子供時代は母親に愛され、きれいな格好をして幸せな少女でしたが、テナルディエが宿屋の経営に失敗し、貧乏暮らしになってからはそれは悲惨なものでした。やせこけて顔には皺が寄り、歯も欠けていました。父親の悪事の片棒を担がされ、隣に住むマリウスに物乞いに行った時、「私は字が書けるのよ」と自慢するのに書いた言葉が「デカがいる」。15歳の少女が自慢気に書くには悲しすぎる言葉でした。しかし、そのおかげでマリウスはうまく窮地を脱したのですが。 さて、彼女はひそかにマリウスに想いを寄せていました。それがまだ恋心というはっきりした確信もないまま、それでもエポニーヌはマリウスが喜ぶ顔を見たくて、コゼットの家を探し出して連れていってあげたのはミュージカルでご存知のことと思います。どうやってコゼットの家を見つけたかというとこれはすごい偶然で、牢獄にいるプリュジョンが以前目をつけていた家を下調べしてほしいと隣の牢獄にいるバベに手紙を出します。それをさらに親しい女が受け取り、エポニーヌがさらに下請けして見に行ったのですが、それがたまたまバルジャンの家だったのです。エポニーヌは数日の間、家の様子を調べ、コゼットの家だと知ると、頼まれた女にビスケットを渡しました。これは「どうにもならない」という意味の暗号でした。つまり男達に手を出させないためにそうしたのです。 マリウスを遠くから見ているだけで最初は満足していた彼女は、数週間経ったある日突然通りを歩くマリウスに話し掛けてみました。マリウスはと言えば、コゼットの家を教えてもらった恩も忘れ、迷惑そうな顔をエポニーヌへ向けます。エポニーヌはなにも言えなくなってその場を立ち去ってしまいますが、翌日には、今度はマリウスの後をつけて行き、コゼットの家の柵の外でじっと座って彼が出てくるのを待っていました。するとテナルディエとプリュジョンやモンパルナスなど、バルジャン襲撃事件で投獄されていた面々が脱獄してその家を襲撃に来たのです。彼女のビスケットは結局役に立たなかったのです。エポニーヌは必死で男達を遠ざけようとしますが、ミュージカルと違ってバルジャンの家とは知らない彼らは、じいさんと女子供しか住んでいない家なので容易に襲うことができるとして譲りません。「グルだと思われる」などという心配ではなく、ただマリウスを救うために、エポニーヌは「大声を出すよ」と逆に脅かして、勇敢にも悪党どもを追い払うことに成功しました。しかし、ミュージカルと違って大声を出す前に男達が諦めて帰ってしまったため、原作のマリウスはそんなこととはつゆ知らず、コゼットが旅立つと聞いてただ絶望していたのでした。 とはいえ、原作のエポニーヌはミュージカルほど健気ではなく、きっちりと「嫉妬心」を持つ女の子でもありました。ミュージカルではエポニーヌはマリウスからコゼットに宛てた手紙をバルジャン邸へと運びますが、原作では逆で、コゼットからマリウス宛てに手紙を預かります。まず、土手で物思いにふけるバルジャンの目の前に「引っ越せ」というメモを落として、コゼットをマリウスから遠ざけようとしました。それを見たバルジャンは警察に身元がバレたのではと思い、エポニーヌの思惑通りすぐに引っ越す決心をします。とりあえずイギリスへ出発するまでの1週間ほど住む家を、コゼットはなんとかマリウスに知らせようと手紙を書き、家の女中に頼むわけにもいかず、庭の外にいた若い労働者風の男にその手紙を託します。しかし若い労働者は、男装したエポニーヌでした。彼女は庭の回りを絶えずうろついていたのです。そして手紙はマリウスには渡さず、バルジャンとコゼットが旅立った後にいつもの場所に来て絶望したマリウスを、「お友達がバリケードで待っていますよ」とバリケードへいざないます。これはマリウスとコゼットを引き離し、さらにはどうせ死ぬなら一緒に死のうという魂胆あってのことでした。 しかしそこは恋する少女、男装して潜り込んだバリケードで、マリウスが銃に狙われているのを見て、思わずその銃口を手でふさいでしまい、彼女は手と一緒に身体も撃ち抜かれてしまうのです。エポニーヌがバリケードにいることも知らなかったマリウスは呼び止められて初めてエポニーヌに気づき、彼女を野戦病院になっている酒場へ運ぼうとしますが、「恵みの雨」の歌詞のように、彼女はマリウスに抱いていてもらうことを望みました。そして、最後には「あなたを騙したくない」とコゼットからの手紙をマリウスに渡し、死んだら額にキスをしてくれるよう約束してもらい、「あなたに少し恋していたの」と打ち明けて死んでいきました。 |